念願叶って幼馴染のと恋仲になってから初めての休日。浮足立っていたワシは、長屋でゆっくりしたいとごねるを無理やり外へ連れ出した。
 食べ慣れた屋台の飯も見慣れた店も、幼馴染から恋人になったとなら何でも新鮮で上京したばかりの頃みたいだった。

「なんだか久しぶりにおやきが食べたいね」
「そうじゃのう……しかし、色んなモンが売っとる江戸でも全く見らん」
「だから私が作るの」
「本当か?!楽しみじゃ!」

 故郷では米が不作だった時によくおやきを食べていた。
 土間でおやきをせっせと作っていたおっかあの背中を思い出す。それがの後ろ姿に変わって胸がむずむずしてきた。おっとうもおっかあを見て、こんな気持ちだったんじゃろうか。
 おやきを作るからと早めに帰る道すがら、店で蕎麦の実を買う。

「太郎吉が挽いてね」

 背がちっくいはワシを見上げて笑った。
 可愛い。全力で抱きしめたくなる。けれどワシが全力を出すと絞め殺してしまうから我慢じゃ。
 二人で並んで長屋までゆっくり歩く。が話しかけてきたが曖昧な返事をして、触れたいとか抱きたいとかそんなことばかり考えていた。それが伝わったのか、が右手でワシの左親指を握る。

「!!」

 ビクッと体を揺らしてをまじまじと見つめると柔らかそうな頬が真っ赤に染まっていて、つられてワシの顔も熱くなった。
 兄力士と度々足を運んだ遊郭で何度も女と交わったのに、ずっとずっと想い焦がれていた本命にはどうにも余裕がなくなってしまう。

「あ、あのね、太郎吉……」
「な、なんずら……」

 足を止めたに手を引っ張られ、足が止まる。江戸に来てから三年経ち、最近はめっきり出なくなっていた訛りが緊張によって出てしまった。
 そんなワシにはおかしそうに笑う。そして辺りにガツンと鈍い音が響いて、が倒れた。

「……?」

 地面に横たわったはピクリともしない。
 しゃがんで震える手での肩を掴み、ゆっくり仰向けにしたら地面にじわっと鮮血が広がった。
 頭の中が真っ白になる。なんでは倒れて——何が起こった?
 倒れた際、店先にある看板の石の土台に頭を打ちつけたことはわかった。でもが倒れた原因は?

!!」

 名前を呼んで揺さぶってもは目を覚ます気配を見せなかった。
 そんな折、の傍らに血液の付着した石礫を見つける。
 確かさっき、珍しく勢いをつけて駆ける大八車があった。それに弾かれた石がのこめかみに当たったのか——
 騒ぎを聞きつけた町民がワシらを取り囲み、その中にいた医者がに簡易な処置を施す。そして数人の男が外した戸板にを乗せ、ワシが告げた長屋へと運ぶ。
 ワシは倒れたの名前を呼んで、体を揺すり、そして血に染まった蕎麦の実が入っている袋を持って男たちについていくことしかできなかった。

>> 弐