ステカセキング 友達を辞めたくなったその時に
よくオレはスニゲーターさんから馬鹿だと罵られる。智謀がないだの言ったそばから何しているだの、そりゃもう散々な言われようだ。
でもそんなオレでも彼女との約束は絶対に忘れねぇ。今だって待ち合わせの二十分前には到着して、なにを話そうか考えて時間を潰している。
約束の時間まであと五分——彼女が小走りでやってきた。
「今日もステカセが先だったね!」
「オレに勝とうなんざ百年早いぜぇ」
「次こそ私が先に待つからね」
「出来ねぇことは言うもんじゃねぇぞ」
ケケケ、と笑うと彼女もくすくすと控えめに笑い声を上げる。あぁ、今日も可愛いなぁ。
ひとしきり笑い合って、近くにある二人掛けのベンチに並んで座る。
「いつものでいいか?」
「うん……」
先ほどまでの笑顔から哀しそうな表情になった彼女を横目に、ランドセルから取り出した一本のテープを体にセットする。
そしてプレイボタンを押し、顔が変わり切ってから口を開いて彼女の名前を呼んだ。
オレとは違う低い声。その声の持ち主は、すでに亡くなっている彼女の婚約者だった超人だ。
『この間の遊園地は楽しかったね。あ、式はどうする? どんなドレスも似合うだろうなぁ。結婚記念日は、毎年遊園地で——』
「ステカセ、もういいよ。ありがとう」
「……わかった」
隣から聞こえてきた涙声に変身を解き、カセットテープを体から取り出した。
オレと彼女が初めて出会ったのは、奇しくも男が亡くなってちょうど一年経った日のことだった。
夕闇の中、このベンチでぼんやりと座っている女性が気になって、オレから声をかけた。墓前に供えられなかったと思われる白い花束を膝に置き、涙でびしょびしょに濡れた頬はそのままにオレを見つめる歳の近そうな女性。
心臓が、ドキリと跳ねた。
その時は泣いていた人に声をかけてしまったことに対する焦りからだと思っていたが、もしかしたらいわゆる一目惚れってやつに近かったのかもなぁ。
はじめのころは変身して話す時間が長かったけれど、会う回数を重ねるにつれて彼女の笑顔が増えていき、今日みたいに他の男の声で話す時間は短くなっていった。
カセットをランドセルにしまい、少し頭を動かして隣を見る。彼女もオレを見ていたようで、目が合うと眉を下げて悲しげな笑顔を浮かべた。
「ステカセ、本当にありがとう」
「いいって。オレたちは……友達だろ」
彼女が目を細めた拍子に頬を滑っていく涙を見つけ、拭おうとして手を止める。
他人の涙を拭う友達なんざ見たことも聞いたこともねぇ。それが許されるのは家族だとか恋人だとか、多分そんな関係じゃないとダメな気がした。
「ね、明日はなにをするの?」
「あ~……また特訓だと思う。特に用事がねぇんだよ」
「そうなんだ。頑張って強くならなきゃね」
自分で涙を拭って、ふふふと小さく笑い声を漏らす彼女につられ、オレもケケケと笑う。
この心地よい二人だけの時間がなくなっても、今の関係が壊れたとしても——
オレが“友達”を辞めたくなったその時に。
オレの声で、オレの言葉で、君に想いを伝えたい。
加筆修正:2024.09.10(特にしてないけど)