スプリングマン 三百年の約束
「次は私も超人がいいわ。ねぇ、私のこと忘れないでね。私を見つけたら、今度はスプリングマンから声をかけてね」
悪魔超人の俺を受け入れてくれたおそらく最初で最後の人間は、あっという間にしわしわになっていった。
最近は頓珍漢なことを言って、物忘れが激しくて、時々俺のことを忘れていたけれど、ついに今日は呼吸をすることも目を開けることも忘れちまったようだ。
皴が深く刻まれた頬をつついたり、抓ったりするが、何の反応も示さない。
無茶な要求をしておいて、起こそうとする俺には応えないなんて自分勝手にもほどがある。そんなお前にはこんな温かくて柔らかいベッドの上よりも冷たくて硬い土の中がお似合いだ。
静かに眠る彼女を抱え、以前家族が眠っていると言っていた墓地へ連れて行く。人間は、最後は土の中で眠るって教えてくれたよな。
空き地に穴を深く掘って、その中に彼女をそっと入れる。掘り返した土をせっせとかけていると空からふわふわと雪が降ってきた。
いつの冬だったか、俺の鉄の体がキンキンに冷たいと文句を垂れていたのに、俺の手を握って温めようとしていたっけ。
寒さが苦手な彼女を冷たい冷たい土の中に埋めていく。寝顔が完全に見えなくなったところで、俺の目からぼたぼたと涙が零れ落ち、雪と一緒に土にしみこんでいった。
◇ ◇ ◇
あの日から三百年ほど経っただろうか。街で懐かしい顔とすれ違って足を止める。本当にあいつは超人になっていた。あの頃と変わらない能天気そうな間抜け面でのんびり歩いている。
「おい」
「?」
思わず追いかけて腕を掴むと、ぼけっとした顔で振り返り、真ん丸な目で俺を見つめてきた。
「久しぶりだな」
「え~……っと」
「覚えてねぇのか」
「あ、あの、もしかして……ナンパです!?」
「……は?」
ナンパだと!? 俺はお前の一方的な約束を守っただけ!! 俺のことを忘れやがって! バツとしてこれからシバいてやる。超人になったんだから、俺が巻きついて締めあげても少しは耐えられるだろ?
三百年も俺を待たせやがったんだから覚悟しろよ!
◇ ◇ ◇
硬く軋んだ体がバラバラと崩れていく。
四千年以上ずっと抱えていたコンプレックスが口を突いて出たが、バッファローマンは気にしていないみたいだった。さすがオレの相棒だぜ。
この時代遅れのバネのままのオレでいいんだと安堵し、あいつのことを考える。
多分あいつも、オレの体のことなんて気にしてないんだろうなぁ。オレだって、お前がまた人間で生まれて、辛い別れを繰り返しても何度でも見つけるから構わなかったんだけどな。
小さい体からはみ出るくらい喜怒哀楽を表すあいつは、オレの死を知ってわんわんと大泣きするだろう。ざまぁみろ。三百年前にお前が死んだ時と再会するまでの間に、何度かオレは泣いたんだ。だから次はお前が泣く番だろ?
あぁ、けど、なんでかなぁ……。
やっぱり泣かずに、ずっとずっとゆるゆるの笑顔でいて欲しいなぁ。
加筆修正:2024.09.08