スペシャルマン しんねりむっつり人たらし
「はぁ……」
深夜のファミレスからの帰り道、隣のスペシャルマンが重いため息をついた。チラ、と横目で見るとなにか考え事をしているのか彼の視線は斜め下を向いていて、街灯で辛うじて確認できた短い眉はぐしゃっとひそめられている。
私と彼がさようならをする交差点まであと少し。なにを悩んでいるのかわからないがこのままだと帰ってからも鬱々としていそうなので、スペシャルマンの肩をつんつんとつついた。
「あそこの公園にちょっと寄ろう。話したいことがあるんだよね」
「えっ……いいけど……」
「ありがと」
本当はスペシャルマンの話を聞くんだけどね。最初に伝えてしまったら気を遣いがちな彼のことだから「なにもないよ」「いいよいいよ、気にしないで」と言うに決まっている。それならさっきのため息は帰宅まで取っておいてもらいたかったが、おそらく無意識に出てしまったんだろう。
近くの自動販売機でお互い飲み物を買い、普段は通り過ぎる小さな公園へ入った。パンダや犬を模したスプリングのついた遊具が二つと一脚の三人掛けベンチがあるだけの公園は、昼間でも人がいるところを見た記憶がない。
私とスペシャルマンはベンチに並んで腰を下ろし、無言でペットボトルのキャップを捻った。
「——それで、話って?」
「んー……なに悩んでるのかなって思って」
「僕のこと!?」
「うん」
頷いてお茶をひとくち飲み、スペシャルマンへ顔を向けると目も口もまんまるにして私を見つめていた。年上なのにその反応がなんだか可愛くて、ふふっと声が漏れる。
「僕が悩んでるって……なんでそう思ったの?」
「さっき地面を見ながらため息ついてたから」
「う、う~ん……」
唸り声を上げたスペシャルマンは、ため息をついていた時のように眉をひそめて口を噤んだ。否定しないところを見ると本当に悩み事があって、さらに私に打ち明けようかそれも悩んでいるみたいだった。
悩み事を増やしてしまってごめんね。
スペシャルマンは両手で握っているペットボトルの表面を親指で何度かなぞって水滴を拭った。
「……やっぱり、カナディと釣り合っていないというか——カナディは優しいから僕のこと必要って言ってくれるけど……超人強度も年齢も差があってさ……」
「スペシャルマンはカナディアンマンのこと好きじゃないの?」
「好きだよ! だからこそこうやって悩んでるんじゃないか~!」
この話はカナディアンマンが入院していた時に終わったはずなのに、また一人で思い返して悩んでいるだなんて。私はわざと大きな嫌味っぽいため息をつく。
「自分が好きな人の言葉を信じないでどうするの?」
「でも……よく恋人を信じて浮気されたりするでしょ。カナディだっていつか僕以外の人と……」
「スペシャルマン、ちょっと待って。よーく考えて。カナディアンマンと組みたがる人なんていると思う? 私はスペシャルマンしかいないと思ってるよ」
「うっ……そんな酷い言い方しなくても……! でも僕は戦績もさっぱりで人気もないし……」
「あのねぇ! 人気がなかったら子どもたちと玉入れなんてできないでしょ! そ、それに……スペシャルマンのことが大好きで応援してる人だっているんだから……そのっ、案外、近くに……」
励まそうと話しているうちにムキになってしまい、長年抱いていたスペシャルマンに対する想いが口を突いて出てしまった。
どうしよう、バレちゃったかな?
でもスペシャルマンはかなりの鈍感だから気づかないかも。だけど、いい加減に気づいてほしい自分もいる。
ドキドキと心臓がうるさくて耳が熱い。スペシャルマンから顔を背け、誤魔化すようにお茶を流し込む。ごくごくと喉を鳴らすと冷たいお茶がお腹まで落ちて体温が下がった気がしたが、それでも耳だけは熱いままだった。
スペシャルマンは無言で視線を私の頬のあたりに突き刺してくる。いよいよ彼にこの気持ちが伝わってしまったかもしれない。
「そっか……」
しばらくの沈黙ののち、スペシャルマンがぽつりと呟く。その声色が何を意味しているか私にはわかりかねた。
動揺を悟られないようにペットボトルのキャップを閉め、おそるおそる彼へ顔を向ける。すると、そこにはいつもの朗らかな笑顔があった。
「そうだよね! カナディは僕のこと応援してくれてるよね!」
思わず「は?」と言いかけて飲み込んだら変に喉が動いて噎せそうになった。
あーぁ、ここでもカナディアンマンかー……いっそのことカナディアンマンと愛し合えば。
やけくそになり、さっき閉めたばかりのキャップを開けてゴッゴッゴッとお茶を胃に落とす。あとでお腹が痛くなりそうだけどどうでもいい!
みるみるとお茶の嵩が減っていき、飲み干す寸前でまたスペシャルマンが話しかけてくる。
「プリプリマンも……もっ、もちろん君も、応援してくれてるよね……?」
「っ……ゲボッ……!」
さっきまでの溌剌としたものとは違い、静かに甘く語りかけるような口調に驚いて、お茶が気管に入ってしまった。体を丸めてゲホゲホと咳き込んでいると心配したスペシャルマンが手を伸ばしてくる。その手が背中に触れる前に、私は自身の手でぎゅっと握った。
「おっ、応援っ……してっ、る、よ……ずっと、ずっと前から……!」
「……! あ、ありがとう…………大丈夫?」
「ぅ、んっ……」
幸いにも鼻水は出てこなかったから助かった。咳を抑えて途切れ途切れに恋愛感情ではないほうの気持ちを改めて伝える。こっちの気持ちはわかるんだなぁ……もっとも声援を受けることが多いだろうから、そういった好意には聡いのかもしれない。
滲んだ涙を拭って苦し紛れに笑みを浮かべるとスペシャルマンもふにゃりとした笑顔を見せる。
「君に応援してもらえるのが、一番嬉しいかも……!」
あーぁ、そんな可愛い笑顔でさらりとそういうことを言うんだね。なんとなくスペシャルマンはダメな男性に尽くしてしまう女性みたいなタイプだと思っていたけど、私に対しては天然たらしだ。
さりげなく視線を逸らして手元のほとんど空のペットボトルを弄んでいると、スペシャルマンがそれをひょいと横から掻っ攫った。
「いつもより遅くなったし、そろそろ帰ろう」
「あ、うん」
「……マンションまで、送っていくよ」
「ぇっ……あ、ありがとう……」
女といえど超人だから今まで手厚い対応なんてされなかったのに、今日に限ってマンションまで送っていくだなんて一体どういう風の吹き回しなんだろう。
立ち上がったスペシャルマンは両手にペットボトルを持ち、いつもの通りへ向かって歩き出したので数歩分遅れてその背中を追いかける。
いつか彼の隣で友人としてではなく恋人として歩けたらいいなぁなんて思いつつ、夜空に浮かぶ霞がかったお月様を見つめた。
加筆修正:2025.02.12