ミスターカーメン この腹にシェンティを巻いて
ぽよぽよとしたお腹の脂肪を指で摘んでため息をつく。ダイエットに失敗した――いや、正確にはリバウンドだ。
夏に向けて体を絞ろうと去年の冬から食事の管理を徹底し、運動に取り組んでいたのに、ここ一ヶ月で食欲が暴走して深夜に高カロリーなものを食べる習慣が染みついてしまった。ずっと協力してくれていたスニゲーター教官はゴミを見るような目で私を見るし、ステカセキングは「オレなんか全然太らないぜぇ~」なんて見せつけるようにドーナツを頬張るし、もう惨めだ。
痩せる前提で買った可愛い水着をクローゼットから出して試着する。
伸縮性があるから身に着けることは出来たものの、ビキニパンツに腹が乗る。駄目だろこれ……。
なんでこんな露出の高い水着を買ったんだ! イケメンを捕まえるためだよ!! だって、こんな魔界に籠ってばかりだと出会いなんてないじゃない? 私は悪魔超人だけど悪魔超人の男はちょっと嫌なんだよね。私と同じで我が強いし、交際なんてしたらいつも反発しちゃいそう。
だから地球の海に遊びに行ってこの魅惑のボディで悪魔超人以外の男たちをドギマギさせて彼氏をゲットしようと思ったのに!……こうなったら最終手段に出るしかない。
水着から着替えて自室を出た私は、ある男の部屋の前へ行き、ドアをノックした。
「なんだ。どうした」
「頼みがあって……ちょっと入れてくれない?」
ガチャッとドアを開けて顔を覗かせたのはミスターカーメンだ。私の言葉に非常に面倒くさそうな表情になったので、すかさずドアの隙間に足を差し込んで閉まらないようにする。
「貴様ッ……!」
「ね、ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」
ヤリ○ンみたいなことを言いながら、ぐいぐいとカーメンを押してそのまま部屋にお邪魔する。悪魔超人だから多少強引でも許されるよね、うん。
カーメンはどうやって出してるんだってくらい大きく舌打ちをしてソファーに座り、床を見て顎をしゃくる。私は床に座れということですね。
これ以上彼の機嫌を損ねるとお願い事を聞いてくれないだろう。おとなしく従うことにして、床に敷かれた高級そうな絨毯の上に正座した。
「それで? 頼みとは何だ」
腕を組み足を組み、ふんぞり返るカーメンを上目で見つめ、えへへと愛想笑いを浮かべる。
「実はダイエットに失敗して……カーメンに腹部の脂肪を吸引して頂きたく……」
「無理だろ。わらわが吸うのは水分だぞ? 仮に脂肪を吸えたとしてお前の質が悪くてクッサそうな脂肪なんぞ吸ったらしつこい胸焼けから嘔吐するわ」
「ねぇ言い過ぎじゃない? いくら悪魔超人でも言っていいことと悪いことがあるよ?」
「わらわは王族だから何の問題もない」
なんだこいつ。王族なら王族らしく私を淑女として扱えよ。
「グムゥ~……じゃぁ水分だけでも吸って!」
「この痴れ者! 一時的に痩せても意味ないだろう!」
「あるもん! 水着が着られる!」
「勝手に着ろ!」
「無理! 腹の肉が見られるから無理!!」
「はぁ~……」
カーメンは額に手を当てて深々とため息を漏らす。おっ、これは押したらいけるのでは!?
「ステカセだって頑張って変身のレベルを上げたでしょ! カーメンだって水分以外を吸えたらもっと強くなるよ!! 今がまさにその進化の時なんじゃないかな?」
「そうだとしてもお前の脂肪で進化したくない……」
「は?」
しばきてぇ。負けるけどしばきてぇ~!!
ぐぬぬ……と口をへの字にしてカーメンを睨みつける。もっとも私は弱いから何の効果もないんだけど。
あーぁ、カーメンが脂肪吸引してくれないなら今年は彼氏づくりを諦めるしかないかぁ。ジェロニモやブロッケンJr.あたりはチョロそうだし尽くしてくれそうなんだけどなー……。
もうすぐ夜食の時間だし、これ以上粘っても徒労に終わるだけだから、そろそろお暇しよう。
「わかったよ。無理難題言っちゃってごめんね。カーメンには難しくて無理だったね。ゴメンネ!」
「まぁ待て」
わがままな私は自分の思い通りにならなかったから八つ当たりでカーメンにねちねち言いながら立ち上がる。だけどカーメンは怒ることもせず、私を呼び止めて考える仕草を見せた。
「要するにお前は水着を着たいが他者に見られたくないのだろう?」
「う、うん……まぁ……ソウネ……」
正しくは水着姿で男を漁ってあわよくば正義超人のそれなりにイケメンとGETしたい――なんて言えるはずもなく頷く。ステカセやスプリングマン、魔雲天には話せるんだけど、なんとなく見た目が私と同じ人間寄りの面子には話しにくかった。
カーメンは「ふむ」と妙案でも浮かんだのかウンウンと首を縦に振っている。
「明日、ともにプールに行くか」
「はい?」
「安心しろ。プールと言ってもプライベートプールだ。そこなら人目も気にならない」
「いや、あのね……そっそうだ! カーメンにも見られたくなくて……」
「わらわは気にしない。明日の十時にここに来い。わかったか? 遅刻するなよ」
思いついたとっさの言い訳も通用しない。それに王族のオーラ? カリスマ性って言うのかな? 今までそんなものを感じたことなんてなかったのに、圧が強くて断れない。
半ば追い出されるように部屋を出た私は頭を抱える。
カーメンのプライベートプールってなに!? 初めて聞いたんだけど!! というかカーメンとプールに行っても意味ないんだよ~……。
はぁぁ~……と口からため息を零し、とぼとぼと自室へ帰った。
◇ ◇ ◇
翌日、水着やら日焼け止めやらが詰まったカバンを手に、カーメンを訪ねる。
「おぉ、逃げずに来たか」
「逃げたら怒るでしょ。そんなことより……」
私は言い淀みながら、にこにこ笑顔のカーメンから視線を外す。カーメンが昨晩座っていたソファーにもう一人――ブラックホールが座っていたからだ。
「なんでいるの」
「…………」
「無視しないでくれる?」
「プールはエジプトにあるからな。ブラックホールに連れて行ってもらう」
「え……それじゃぁこの三人で行くってこと?!」
「その通りだ。ほら、行くぞ」
はぁぁぁ?! この腹肉をカーメンに見せるのも抵抗あるのにブラックホールにも見られるわけ!?
「やっぱり、パスで……」
「おい、わざわざ来てやったのに辞めるなんて言ってみろ」
「エジプトまでお願いします」
ブラックホールこわっ! 仲間に向けて殺気を放つな。そもそも私が呼んだんじゃないのに……。
ブラックホールの顔に砂漠が映る。行きたくないなぁと躊躇う私の背中を容赦なくカーメンが押して、あっという間に吸い込まれた。
◇ ◇ ◇
柔らかい砂の上に着地し、変なところを打たなくてよかったと思ったのも束の間、じりじりと照りつける太陽の熱さと砂漠が反射する光で目の奥が痛んでゲンナリしてしまう。
「あそこの白い館だ」
カーメンがどこかを指差してるみたいだけど、眩しすぎて薄目になっているからよくわからない。二人は平気なようでサクサクと足音を立てて歩いていく。
眩しさから滲む涙でぼやける視界は、ブラックホールの黒色だけを捉えて(カーメンと砂漠の色は似ていてわからないから)それを頼りについていくしかなかった。
「なにをふらふらしている」
「カーメン……眩しくて見えないの」
「そうか。手を掴むといい」
「ありがとう」
私の様子に気づいたカーメンが戻ってきて、手を繋いでくれた。ブラックホールはガン無視で先を歩いている。私のことが嫌いとかじゃなくて、黒いから余計に暑くて早く日陰に入りたいんだろう。そう思うことにした。
カーメンは目が眩み続けている私のペースに合わせて歩いている。昨晩は脂肪が臭そうで胸焼けするとか言ってたけど、友人のステカセとスプリングマンとバッファローマンと魔雲天の次くらいに優しいんだよねぇ。
一番冷たいのは将軍様だ。私含めて“8人の悪魔超人”なのに、招集がかかってみんなと一緒に行くと『なんでお前がいるの?』みたいな雰囲気を醸し出し、頑なに“7人の悪魔超人”って強調する。耄碌してんのかな。もっとみんな私に優しくしてくれ。
そんなことを思いながら歩き、無事にカーメンの言っていた白い館に辿り着く。
「ほら、着いたぞ」
「う、うぅん……」
ぱしぱしと何度か瞬きをして涙を拭い、目をかっぴらくとなみなみと水が張られたプールが見え、水面に反射した光が突き刺さる。
「グギャァァァ!!」
「面倒くさいやつだ。さっさと着替えてこい」
「ギャッ!」
絶叫する私の背中をカーメンがドンッと押し、たたらを踏んだ先にはブラックホール。
受け止めてくれるかな? と思ったのにスッと避けられ、更に足を引っかけてきて無様に転んでしまった。足を引っかけた意図を教えてください。
這う這うの体でプール近くに設けられた一室入り、水着に着替えた私は、バスタオルで全身を隠して二人の元に戻る。
プールサイドにはパラソルやサイドテーブル、デッキチェアが三セットあり、左右にカーメンとブラックホールが寝そべっていた。
カーメンはトロピカルジュースを飲んでいて、ブラックホールはオイルでも塗ったのかいつも以上にテッカテカ。それ以上黒くならないだろ……。
「二人は泳がな――」
「「泳がん」」
「えぇ……」
食い気味に返事をされて困惑してしまう。ブラックホールはいいとして、カーメンはなにがしたいんだろう。
タオルに包まったまま空いている中央のデッキチェアに腰かける。
「泳がないのか」
「だって……恥ずかしいもん」
「何のためにここへ来た」
「私は来たくなかったんですが……」
「どれ、見てやろう」
グラスに半分ほど残っているトロピカルジュースをサイドテーブルに置き、デッキチェアから下りたカーメンが近づいてくる。
「いや! いやいや! ちょっと待って!」
「それでも悪魔超人か? 往生際が悪いぞ」
剥ぎ取られまいとタオルをギュッと押さえているのをいいことに、カーメンは胸ぐらを掴むようにして私をチェアから立たせた。
「ウォ、ォォ……破ける! 破けるッ!」
「タオルが惜しいか? ならば取れ」
「取ったら、ミイラパッケージっ、してくれる……?」
「あー、するする」
「わかった! 信じるぞ、ミスターカーメン!」
息苦しいし、タオルも破かれたくないし、優しく接してくれる悪魔超人BEST5(当人比)に入るカーメンを信じてタオルを外した……んだけど……。
「巻けよ!!」
巻いてくれると思ったのに! カーメンはシェンティを外すことなく腕を組んで突っ立っていた。
かくして私は、この腰回りの太いビキニ姿を自ら二人に晒したのである。
「ひどい……酷い! この裏切者!!」
「フンッ! 悪魔超人を信じるお前が悪い」
最近の“悪魔超人”って言えば何でも許される風潮はとてもよくないと思う。
嘘を見抜けず、屈辱にぶるぶると震えている私の腹部にカーメンの視線が注がれる。
はいはい、どうせ腹の肉がぷるぷる震えてるとか言うんでしょ。言えばいいよ。傷つく覚悟は出来ている。
でも、カーメンは「んー?」とうなったり、首を傾げて色々な角度からお腹を見たりですぐにこき下ろしてこない。それどころか――
「そんなに太いと思わんが」
「えっ……本当!?」
コンプレックスに苛まれている女心をシェンティではなく言葉でやさし~く包み込んだのだ。
無駄に顔も体も声も血筋もいいからきゅんっ♡ってなっちゃう。……いや、ときめいてはならない。カーメンは先ほど嘘をついた。今の言葉も私を舞い上がらせ、みんなに水着姿を披露する愚者へ仕立て上げるための布石に違いない。
あー、カーメンにときめいて損した。じわじわと腹が立ってくる。
「ど、どうせ嘘なんでしょ。もう騙されないもんね」
カーメンの口車になんて乗らないんだから。イケメンの甘い言葉には気をつけないと。
見苦しいであろう体を隠すため、握りしめていたタオルを再び巻こうとするが、ガシッと手を掴まれて阻止される。
「わらわが嘘をついているとでも……?」
「さっきついたじゃん」
「…………三千五百歳にもなると物忘れが激しくなってな」
「この間二十七歳って言ってたよね」
「覚えていない」
「…………」
もう絶句。何も言えないというより、言う気が失せた。
無言の私に若干の気まずさを感じるのか、カーメンは手を放してため息をつく。
「気にしすぎだ」
「気にしすぎも何も本当に脂肪がついているの」
「――少なくともわらわはそのくらいの肉付きなど気にならん」
「フーン、へー、そうですか。じゃぁ恋人がこのくらい太ってても抱けるの?」
「抱けるぞ。試してみるか?」
「やってみな!」
売り言葉に買い言葉。私が承諾すれば「冗談だ」って言ってくるとそう思ったのに。
カーメンはスマートな仕草で私の背中に腕を回し、ぎゅぅと抱きしめてきた。
「!?!?!?」
口はあんぐりと開いているのに頭が真っ白になって一言も発することが出来ない。
タオルが間に挟まっているからぽよ腹とカッチカチのシックスパックが密着することは避けられたが、体に回っている腕の逞しさとか頬に当たる胸板に男女の差を実感させられて、顔から火が出ているんじゃないかってくらいに熱い。しかもとても良いかほりが……なにこれ? 王族の匂いなの? 顔、体、声、血筋の他に匂いまでいいとか反則では?
ばれないように深呼吸のやり方で静かにスーハースーハーとカーメンを嗅ぐ。これ、合法な成分ですよね? なんだかクセになってガンギマリしそうなんだけど……。
あと少しで完全にキマるという時に、カーメンが体を離す。
「やはりちょうど良い肉付きだ」
「……よかったですね」
何て返したらよいのかわからない。あ、そういえばブラックホールがいたんだった。
パッと振り返って背後のブラックホールを見ると、彼は白けた顔(notペンタゴン)で私たちを見ていた。
「え、え~っと……私の体、どう……?」
カーメンとのやり取りを全て見られていたことによる羞恥心を消したかった私は、わずかに自己肯定感が上がったこともあり、思い切って尋ねてみる。
「お前が痩せていようが太っていようが毛ほども興味ない」
「うるせぇ。毛のないやつがそんな言葉使うな。それともパンツの中はもじゃもじゃなんですかぁ?」
ブラックホールから言われっぱなしは腹が立つ。カーメンから離れてブラックホールの元へ行き、パンツを脱がす振りをした。
「オレに触れるな!!」
「ブヘェッ!!」
一歩、二歩と近づくにつれて警戒していたブラックホールは金切り声を上げて飛び上がり、私の顔面にドロップキックをめり込ませる。
顔を蹴るのは反則だろ! と叫びたかったのに鼻が痛すぎて声が出ない。よろよろと後ろによろけ、私はそのままプールへ落下した。
◇ ◇ ◇
「……そんな刺激的なひと夏を過ごしたわけなんだけど、君たちはどうだった?」
「オレらはスニゲーター教官にしばかれてたぜぇ」
「特にステカセがな」
日課となっているステカセとスプリングマンとのおやつタイムで、私はプールでの出来事を自慢した。ちなみに『某イケメンにプライベートプールに誘われて抱きしめられた』と簡単に話した。そのイケメンがカーメンであることやブラックホールにボコられたことは知られたくないのだ。
「それで、そのイケメンとその後どうなったんだ?」
「どっ、どうって……そんなの一日限りの関係だし」
「いっ、一日限り!?」
シャクシャクと林檎を頬張りながら尋ねてくるスプリングマンと異常なまでに食いつくステカセ。さてはステカセ……童貞だな。
スプリングマンは私の返事にどこか納得がいかない様子でじぃっと見つめてくる。
「男なんて魔界にもごろごろいるじゃねぇか。魔雲天はオレたちと同類だろうが……バッファローマンはどうだ?」
「バッファは……先月、飲み会あったじゃん?」
「あぁ、ちょうどひと月前だな」
「その時に絡まれてさー……『最近オ××コしてんのか!?』ってエグいセクハラされたからあんまり口聞いてないよ」
「オ、オオオ、オ……」
「落ち着けステカセ。バッファローマンにはオレから釘を差しておく……」
「ありがとー! 助かる!」
「じゃぁアトランティスはどうだ?」
「アトランティスは、私のことが生理的に無理なんだって」
「お前……一体何をした……」
「私さ、ビビったり追い詰められたりしたら、胃とか腸を吐いちゃうじゃない?」
「あれってかなり気持ち悪ィよなぁ~」
「体質だから仕方ないでしょ! それにアレでキン肉マンに大も小も漏らさせたんだから!」
「おやつ食ってる時にキタネー話すんなよ!」
「それで、その体質とアトランティスがどう関係しているんだ?」
「……ある日、アトランティスに驚かされて胃腸を吐いちゃったんだよね。砂に塗れているとそのまま飲み込むのに抵抗があって、その時はウォーターマグナムで洗ってもらったの」
「まぁ、アトランティスの自業自得だな」
「それで、アトランティスが『こんな気持ち悪いことさせやがって』って文句言うからカチンと来て『アトランティスと間接キスさせられる私の身にもなってよ』って言っちゃったの。だってあれってアトランティスの口から出してる水でしょ。そしたら……」
「「そしたら……?」」
「いきなりオrrrrrrrrrrってゲロ吐き始めて、私の内臓が汚れちゃったの!」
「またキタネー話しやがって!!」
「ステカセのおバカ! 私は被害者! そして私ってもらいゲロするタイプだから吐き気が込み上げてきたんだけど、すでに胃袋吐いてるから吐けないわけ。すごく苦しかったし、アトランティスからは『お前のこと生理的に無理』って勝手に振られた感じになって、もー! くっそ腹立つわ~」
「アトランティスが可哀想だな……」
「あんまり虐めんなよ……」
「は?」
今の話を聞いてなんで私が悪者になるんだよ。慰めるところだろ。
二人が意地悪を言うからムッとして口を噤み、アップルパイを一口齧る。サクサクの生地、バターの香り、ごろっと入っている林檎の果肉が荒んだ私の心をじんわりと癒してくれた。
「それにしてもよ~」
「ん?」
珍しく口火を切ったステカセに目を向ける。
ステカセはチョコレートのかかったドーナツを摘み、ケケケと笑った。
「いや、お前を抱きしめた野郎はとんだ物好きだよなぁ」
「確かに。お前を抱きしめるか死かどちらか選べと言われたら、オレはこの四千年の命を捨てるぜ」
「はぁ!? ひっど! なんでそんなこと言うの?! 私たち友達でしょ!」
「「…………」」
なんなんだこの二人。ここぞとばかりに息を揃えて黙っちゃってさぁ!
嗚呼、可哀想な私……後で魔雲天に慰めてもらおうなんて考えていたら、背後から腕がニュッと伸びてきて、食べかけのアップルパイが盗られてしまった。
「物好きで悪かったなぁ」
こ、この声は……。
ギギギッと油の切れたロボットみたいに首を回すと、私の真後ろでアップルパイを咀嚼しているカーメンが立っていた。ヤバい。ヤバいヤバい!
「ん……んん?! こいつの言うイケメンってカーメンのことだったのか!?」
「へぇぇぇぇ……そういうことか」
首を元に戻すと先ほどの自慢話に出てきたイケメンがカーメンだったことに驚いているステカセと、からかいのネタが見つかって瞳を半月状にしているスプリングマンが目に入り、脂汗がドッと吹き出す。絶対色々聞いてくるに決まっている。せめてカーメンがどこかに行ってから聞いてくれ!
まぁそんな私の祈りを踏みにじるのが悪魔超人なんだけどね。
「なぁ! なんでカーメンって伏せてたんだよ!」
興奮してバタバタ手を振り回すステカセの問いに、うすのろ頭をフル回転させる。
ステカセは適当に言いくるめる自信があるものの、シニアのスプリングマンとカーメンは老獪だから、二人に突っ込まれないような返事をしなくては……そうだ! コレでいこう!
「なんで伏せてたかって……さっき、二人は私を抱きしめるなんて物好きだとか死んだ方がマシみたいなこと言ってたでしょ? カーメンの名誉を守るためよ」
ヒュ~! 決まった~!! おバカのステカセは信じるだろうし、他の二人も納得するはずだ。スプリングマンは怪しみそうだけど。
あ~、冷や汗かいた……脂汗だっけ。まぁどっちでもいいや。一仕事終えて紅茶を一口含み、落ち着いたところでカーメンを睨む。
「ねぇ、なんでアップルパイ取ったの」
「一番美味そうだったからだ」
「私が食べたかったのに……」
しかも私の食べかけよ?
アップルパイを食べ終えたカーメンの手がパイ生地の欠片やコンポートで汚れていたから布巾を渡す。そんな仲間内の些細なやり取りですらステカセとスプリングマンは含みのある顔で見てくる。
どうせ『この二人付き合うのかな』とか思ってるんでしょう。ざぁんねぇんでした~。付き合いませ~ん。
「そういえばこいつ、カーメンのこと顔と体と声とあと~……匂いが良いとか言ってたぜぇ~」
「イケメンだってよ。よかったな」
「ねぇ、なんでバラすの?」
二人からいきなりそんなことを言われたカーメンが珍しくきょとんとしている。
彼に対して恋愛感情は抱いていないけど、そんなふうに見ていたと本人に知られるのは恥ずかしい。カーッと首から上が熱くなってきて、カーメンを視界に入れないように必死で顔を背ける。
さぁカーメン、アトランティスみたいに生理的に無理とか気持ち悪いとか言っていいよ。むしろ言ってくれた方が気が楽になるから言って欲しい。
でもやっぱり悪魔超人は私の願いを聞いてくれやしないんだ。
「お前からそのように思われるのは、存外嫌ではないな」
さらっとそんなことを言ってのけるから、びっくりして思わずカーメンを見つめる。
私と目が合ったカーメンは、微かに頬を紅潮させ、照れくさそうな笑顔を浮かべた。
「今度、美味いアップルパイでも食いに行くか」
「へ……あ、うん……」
『わらわのことをイケメンだと思っていたのかァ?』なんて馬鹿にされたり、見下されたりすると構えていただけに虚を突かれた形となり、素直にコクリと頷いてしまった。
カーメンはフッと軽く笑うとテーブルに布巾を投げ、私の肩をぽんぽんと叩いて立ち去る。あ、またいい香りが……。
二人にばれないように残り香をスーハースーハー吸引していたら、いきなりステカセが立ち上がった。
「お前ら付き合うのか!!」
「い、いや、そんなことは……」
「やっべぇ~……興奮してきた……」
「えっ、えっ、なに!? なんなの!?」
一人でワーワー騒ぐステカセ。そんな彼の体にある一番下のボタンがにょきにょき伸びていて、それを隠そうとスプリングマンが必死に手をかざしている。
興奮するとそこが反応しちゃうの? ステカセの雄みな一面は知りたくなかったナ――
「カセットのストックあったっけ」
「何を録る気!?」
「何ってそりゃぁお前とカーメンのナニを……」
「よくそんなの録音しようと思えるな。カーメンはともかくこいつの喘ぎ声が自分の口から出るんだぜ? 耳もメンタルも腐るだろ」
「でもよぉ~、それなら正義超人どもを倒せるんじゃねぇか?」
「それは……一理ある」
「ねーよ」
このポンコツども。私とカーメンのセッ、セセッ……セッ……を想像するな!!
「そんなことより、いつになったら私を超人大全集に加えてくれるの?」
そう、ステカセはコレクターなのに仲間であり、友達でもある私のカセットを持っていない。
徐々に興奮が冷めてきたステカセは腰を下ろし、私を見据えて嘲笑った。
「カニベースに負けたやつのカセットなんて何の価値もねぇ」
「あれは! そもそも公式戦じゃないし!」
思い出したくもない忌々しい過去の記憶――
悪魔超人のなかでも最弱な私は、スニゲーター教官から格下相手でもいいから一勝して自信をつけろと言われた。そこで目をつけたのが確実に勝てるカニベースだ。イワオも候補に挙がっていたけれど、ちょっとキツいからね。そしてカニベースに勝負を挑んだ。
相手の土俵で戦い、勝つことが私の美学。憐れなカニベースは震え上がり、負けが確実でも死ぬことのないじゃんけんを提案してきて……私は負けた。グーを出せばいいって頭ではわかっていたのに、いつもの癖で最初にパーを出しちゃった。
同行していたスニゲーター教官は、敗北した私に何も言わなかった。熱心な人に見放された瞬間ってかなり居たたまれないから、みんなは知らない方がいい。
そういえばあの時、落ち込んでいた私の隣にはカーメンがいたっけ。長い長い沈黙の合間に、ぽつぽつと大したことのない会話を交えた記憶がある。妙に心地よかったなぁ。
チョコチップクッキーを一枚手に取り、カーメンのことを考える。
顔良し、体良し、声良し、血筋良し、匂い良し、あと性格はゲスだけど私に対しては良し。お館を持っているし、プールとジュースの準備をした“じいや”もいるんだって。戦うことをやめても占いで人間相手に稼げそうだから経済面での不安もない。
「……ねぇ、カーメンってもしかして優良物件だったりする?」
「カーメンは家じゃねぇぞ」
「あのね、そういう例えなの」
「オレたちはよくわからねぇが、お前がそう思うならそうなんじゃねぇの」
「そっか」
手にしていたクッキーを口に放り、数回噛んで紅茶で流し込む。今日のおやつはこれでおしまい。
「じゃぁ、私は戻るね」
「もう食わないのか? まだ残っているが……」
スプリングマンが皿に乗っているクッキーや焼き菓子を確認して狼狽えている。いつもなら私が全部平らげるからね。
「うん、なんだか胸がいっぱいで今日はもういいや」
「そうか」
「胸がいっぱいってどういうことだ?」
「ステカセもそのうちわかるようになる」
首を傾げるステカセに言い聞かせるおじい――スプリングマンが微笑ましい。二人に手を振り、私はその場を離れた。
◇ ◇ ◇
自室に戻る道中、これからの段取りを練る。
まずは、クローゼットの中身を全て出してサイズの確認とコーディネートを考えないと。どうしても着たい服がきつかったら諦め……ううん、ダイエットしなきゃね。間に合わなかったら新しいのを買うしかないか。
メイクは地球だとどんなものが流行っているのかな。今度こっそりビビンバちゃんに聞いてみよう。
カーメンはどんな私でもデートしてくれそうだけど、それに甘えたら駄目だよね。よし! 明日は朝一でスニゲーター教官に頭を下げて、再びご指導をお願いするぞ!
自堕落な生活の方が楽なのに、カーメンのせいで調子が狂わされちゃったなぁ。
でも、なんだか悪い気はしなくて、太った体は重たいはずなのに足取りだけは妙に軽いのだった。