マックスラジアル 飛んで火に入る
完璧超人に仕える鬼の下っ端も下っ端であるアスベルテは“聖なる完璧の山”の門扉へと続く階段に腰かけてタバコを燻らせていた。いわゆるサボりである。
(門番とかやってらんね……)
常に濃霧に覆われている陰気な島で死亡超人相手に暴行を振るう気など起きず、門番を買って出たのだが特にすることがない。強さを求めてやってくる超人たちのほとんどは焼け焦げて死ぬため、そもそも門番など不要だ。しかし、中に戻って石臼を回し続ける超人に怒鳴ったり棍棒で殴りつけたりは性に合わない。なぜ自分はこんな鬼に生まれたのだとアスベルテは短くなったタバコを携帯灰皿に押しつけ、ふぅと息を吐いた。
手のひらに納まるサイズの灰皿にはかなりの量の吸い殻があり、思ったよりも長くサボっていることを教えてくれる。灰皿と反比例して胸ポケットに突っ込んでいる紙箱の中には、あと一本しか残っていなかった。
タバコを入手せねばと思うのだが、それもなかなかに煩雑で面倒くさい。考えていたらイライラしてきた。アスベルテはポケットの箱から最後の一本を取り出して口に咥えるとお気に入りのオイルライターで火を点けた。
最後だからゆっくり吸おう。そう思った矢先、背後から伸びてきた手にタバコを掠め取られた。
「おいおい、なにサボってんだ」
「ラジアル様」
アスベルテの背後にいつの間にか立っていたのは“完璧 ・無量大数軍”のマックス・ラジアルだった。ラジアルはタバコを片手にどっかりとアスベルテの隣に座った。
「あの、タバコ返して下さいよ」
アスベルテは隣のラジアルが持っているタバコに目をやる。吸われてもいないのに先端から徐々に灰になっていく最後の一本。非常に勿体無い。
しかし、ラジアルはそのタバコを返す気はなさそうで「他に持ってんだろ?」とタバコを弄びながら尋ねてくる。それに間髪を入れず、アスベルテは首を左右に振った。
「それがラストなんです」
「……ストックは?」
「手に入れるのがとても面倒で……」
「……」
ラジアルは面倒くさげなアスベルテを半眼で見やり、そして何を思ったのか手に持っていたタバコを口に咥えた。ラジアルの口から伸びたタバコの先端がチカチカと瞬く。
(ラジアル様もタバコ吸うんだ……)
初めて見たラジアルの喫煙姿が珍しく、見入るのも束の間。ラジアルはタバコを口から離し、大きな音を立てて咳き込んだ。
「大丈夫ですか?!」
「っ……くっそまじィ……」
ゴホゴホと涙目で咳き込むラジアルは、手に持っていたタバコをアスベルテに差し出した。アスベルテは返されたタバコを咥え、座っていても大きい隣のラジアルを見上げた。
以前、ぬかるみでひっくり返って起き上がれなくなっていたラジアルを手伝ってから、ほかの“完璧 ・無量大数軍”のメンバーとは違って彼は気さくに話しかけてくれるようになった。立場はかなり違えど、自分が嗜んでいるタバコに興味を持ってくれたと思うと嬉しい。
アスベルテはゆっくりとタバコを吸いながら、ラジアルを見つめ続けた。そんな二人に背後からねっとりと粘着質な視線を注ぐ男がいる。彼の名前はグリムリパー。マックス・ラジアルと同じく“完璧 ・無量大数軍”の一人だ。
グリムリパーはにこっと爽やかな笑みを作ると、そろそろと足を忍ばせアスベルテの頭をがっしりと掴んだ。
「アスベルテさぁん……こんなところで、な・に・を・しているんですか~?」
「ひっ……!」
背後から聞こえてきたねこなで声にアスベルテの背筋が泡立った。グリムリパーは頭を掴んでいる手に力を込め、ギリギリと締め上げた。
「イタッ……痛いっ!」
「仕事もせずに喫煙ですか。いい御身分ですねぇ」
お仕置きされているアスベルテの隣ではラジアルが未だに咳き込み続けている。グリムリパーとアスベルテが気になるのかチラチラと見ているものの、喉が気持ち悪いのか咳が収まらないようだ。
グリムリパーは泣きそうな顔で咳き込むラジアルを見て、ぶはっと噴出した。
「え? もしかして、タバコを吸ったんですか?」
「わりィかよ!」
「いえいえ、珍しいこともあるものだと思いまして」
ニャガニャガと笑うグリムリパーをラジアルは睨みつけるも涙目では効果がないらしい。
「初めてだったんですねぇ……今の表情はとても可愛いですよ」
「ッ、ふざけんな!」
煽るようなグリムリパーの言葉にラジアルは大声を上げたが、すぐに咳き込んでしまう。身体を丸めてゲホゴホと咽るラジアルにグリムリパーは苦笑を漏らした。そして、手の中にあるアスベルテの頭をパッと離す。
「す、すみません……」
じんじんと痛む頭を擦り、アスベルテはサボったことを謝罪する。そんな彼女にグリムリパーは微笑を浮かべ、ラジアルの肩にぽんっと手を置く。
「今回はラジアルに免じて許しましょう」
「え? 本当ですか?!」
「本当ですよ。好きな人に近づきたくて、吸ったこともないタバコに手を出したマックス・ラジアルに免じてね!」
「「……!」」
両手を口に添えて“聖なる完璧の山”に響くように声を張り上げるグリムリパー。ここには三人しかおらず、そんなことをしなくともじゅうぶんに聞こえる。恐らくグリムリパーの二人に対する嫌がらせだろう。
グリムリパーの思惑通り、ラジアルは羞恥心から顔を真っ赤に染めた。自分の想いがまさかグリムリパーに知られていたとは。びっくりしすぎて喉の違和感を忘れ、ラジアルは無言で硬直した。
彼の隣にいたアスベルテも同じく、グリムリパーの口から飛び出した言葉に驚きを隠せず、目を丸くしてぽかんと口を開ける。
ラジアルが上辺だけでも否定をすればよいのだが、こういう時に限って口が回らない。グリムリパーはしてやったりと笑い、「邪魔者は退散しますね」と減らず口を叩いてその場から去った。
顔から赤みが引かないラジアルと、じりじりと火元が指に近づいてきていることに気づかないアスベルテ。指を焼く熱さでアスベルテが悲鳴を上げるまで、二人はずっと階段で固まり続けていた。
2012年ごろに書いた夢の流用です。
完璧超人って恋愛感情なさそうですが、仰向けでぬかるみにはまって起き上がれない時に助けられたらトゥンク……ってなると思います。
からかう役割はグリムリパーしかいなさそうですごい組み合わせになりました。
2024.10.05