カナディアンマン 真夜中の共犯者
ごそごそとキッチンで物音がして目が覚める。部屋は暗く、まだ朝を迎えていない。枕元の目覚まし時計を手に取り、じっと文字盤を見つめていると夜目が利いてきて、今は深夜二時ごろだとわかった。
「カナディ……?」
隣で寝ていたカナディは姿を消し、広いベッドには私だけ。キッチンからは相変わらずごそごそと物音がするから、おそらく目を覚ましたカナディが水かなにか飲もうとしているのだろう。そう思い、再び眠ろうと目を瞑ったが、視覚が閉ざされたことで感覚が研ぎ澄まされた耳はカチャカチャと皿に擦れる金属音を捉え、ハッとして起き上がる。
「カナディ!!」
「!?」
ベッドから勢いよく下りてキッチンへ突撃すると、コンロを背にして立っているカナディがテーブルに置かれていたものを背後にサッと隠すのが見えた。
「ねぇ、なに隠したの?」
「な、なんでもねぇよ」
テーブルを挟んでの攻防戦。カナディは今まで見たことのない薄気味悪い笑みを浮かべている。細めた目はやけに垂れていて、なにか口に含んでいるのか片方の頬が膨らんだ変な笑顔。
彼をよく知らない人が見たら、可愛らしい幸せに満ちていた笑顔に見えるのかもしれない。でも私には悪事がバレないように誤魔化しているぎこちない笑顔にしか見えなかった。
もっともこんなことを考えなくてもカナディがなにをしていたかは手に取るようにわかる。だってキッチンには甘い匂い——いつも彼がファミレスで欠かさず注文している大好きなパンケーキの匂いが充満しているから。
「後ろにパンケーキ隠してる?」
「ううん」
「本当?」
「……うん」
「怒らないからもう一度聞くね。後ろにパンケーキ隠してる?」
「…………はい」
私に嘘は通じないと判断したカナディはしぶしぶ頷き、ぎこちない笑みを消した。
お馴染みの瞼がとろんとした眠たそうな顔になった彼は、口をもごもご動かしてなにかを飲み込むと背中に回していた腕を前に出した。
手に持っている白いお皿には、積まれた三枚のパンケーキ(一部切り取られている)と絶妙なバランスで落ちなかったナイフとフォーク。パンケーキの表面は中央から外側に向かって色が濃くなっていて、メイプルシロップが染みを作っていた。それを二人で見ていたら、カナディのお腹がぐぅと音を立てる。
「なぁ、今が食べ頃で──」
「ダイエットするって言ったよね」
「……」
パイレートマンと死闘の末、幸いにも大怪我で済んだカナディは退院してからずっとパンケーキを貪り続けた。その結果、かなり贅肉がついてしまい、綺麗に割れていたシックスパックはだるだるの浮き輪肉へと変貌を遂げた。均整のとれていた体は今や見る影もない。そんな彼を元の体型に戻すため、スペシャルマンとプリプリマンと協力してみんなでダイエットに付き合っていたのに……。
「食べたいなぁ~……ダメ?」
小首を傾げてこちらをうかがうカナディのお腹が今度は大きく鳴った。
昨晩の食事は鶏むね肉をメインにたくさんの野菜を使った料理だったけれど、少し量が足りなかったのかもしれない。
空腹が気になって眠れない夜の辛さはよくわかる。でもこんな時間に——そう考えを巡らせていると、私のお腹がカナディに賛成するかのようにぐぅと鳴った。
「一緒に食おうぜ!」
「……今夜だけだよ。私は一枚貰うね」
「おう!」
カナディはテーブルにパンケーキを置くと、今にも飛び跳ねそうなウキウキとした様子で冷蔵庫からメイプルシロップを出した。追いシロップをするつもりらしい。
「特別に多めな」
「ほどほどにしてね」
瓶の蓋を難なく開け、フンフンとご機嫌に鼻歌を奏でながらカナディはメイプルシロップをパンケーキに垂らし始める。
「今夜のことは絶対に秘密だぞ。お互い墓場まで持っていこうぜ」
「わかってる。二人には内緒ね」
まるで口止め料みたいにフォークに刺さった一口分のパンケーキが差し出された。ふわっと甘いパンケーキの匂いとカラメルのような香ばしい香りに加え、真夜中に甘いものを食べる罪悪感が余計に食欲を煽る。なんでいけないことってこんなにも魅力的なんだろう。
たっぷりとかけられたメイプルシロップがテーブルに落ちる前に、行儀が悪いけど身を乗り出して立ったままそれを口に含んだ。
見事に共犯者を得たカナディは、ふかふかの生地を頬張る私を見つめ、ニカッといつもの明るい笑みを見せた。