カナディアンマン 琥珀色の想い出
「お前さ、いつからカナディアンマンのこと好きなの?」
向かいに座るプリプリマンからの唐突な質問にお冷を倒しそうになった。いつものファミレスで、カナディとスペシャルマンはまだやってこない。
いつからだっけ……。私は眉間を寄せて記憶を遡った。
学校からの帰り道をおどおどビクビクしながら歩く。今日はカナディが先生に呼ばれて居残りしているから独りぼっち。彼らに見つかる前に早く帰らなくちゃいけない。そう思えば思うほどに上手くいかなくて、私は二人の男の子に行く手を阻まれてしまった。
「でっけぇ耳!」
「とんがってて変なの~!」
「いたっ……やめてっ……!」
大きくて、まるで絵本の中のフェアリーのように上部が尖っている私の耳は、男の子たちにとって格好の餌食だった。はじめは無視をしていたけれど徐々にエスカレートしてきて、力任せに耳を引っ張られて付け根がピッと浅く裂けたこともある。あの時はお風呂で滲みて泣いたっけ。
カナディがいないから一人でなんとかしないといけないのに、耳をぐいぐいと引っ張られる痛みで涙がぽろぽろ零れてなにも出来ない。それが面白いのか男の子たちはケタケタと笑い声をあげる。
(こわい……カナディ助けて!)
いつも隣で守ってくれる幼馴染はいない。それでも私はカナディに必死に助けを求めた。
「おい! お前らなにしてんだ!!」
「うわっ!」
「逃げろ!」
そんな私の願いを聞きつけたように背後からカナディの怒鳴り声が聞こえる。私にちょっかいを出してきた男の子たちはカナディの姿を見つけると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「カ、カナディ……」
「お前なー……一人になると毎回イジメられるんだからオレから離れるなよ」
「うっ、ん……ありがと……」
両手で涙を拭い、改めてカナディを見ると少し息が上がっている。わざわざ学校から走ってきてくれたんだと思うと胸がドキンと跳ねた。
カナディは私の左手を握り、引っ張るようにして歩き始める。
「カナディ……手……」
「こうするとすぐ泣き止むだろ」
「……本当だ!」
さっきまで拭っても涙は止まらなかったのに、カナディと手を繋いだ途端にぴたりと止まっていた。思わず「わぁ」と声を上げて、私はカナディの手を握り返した。
「私、カナディと手を繋ぐの好き!」
「……知ってるよ」
少し駆け足でカナディの隣に並び、同級生よりも頭ふたつぶん大きい彼を見上げる。相変わらずちょっと眠たそうな瞳と目が合って、ぷいっと顔を逸らされた。カナディの白い頬がうっすら赤くなっていて、私もさっきの自分の発言を思い出してなんだか胸がむずむずした。
そんな子どものころを思い出し、口元が緩む。いつからカナディのことが好きだなんてはっきりと覚えていない。幼馴染でいつも守ってくれていたから、多分自然に好きになっていったんだと思う。
「それで? いつからよ?」
「教えな~い」
「は?」
プリプリマンは面白くなさそうな顔を見せるけど、目を合わせないように無視してお冷を口に運ぶ。子どものころの思い出は私とカナディだけのものにしたいから、ほかの人にはどうしても話したくなかった。
「おまたせ~」
「おいっス、おいっス」
ちょっとだけ雰囲気の悪かったテーブルにスペシャルマンとカナディがやってきて、一瞬にして空気が緩くなった。
「なに話してたの?」
「こいつがいつから——」
「ちょっと昔の話をしてたの」
「ふーん……」
雑談を交えつつ、いつもどおりにスペシャルマンはプリプリマンの、カナディは私の隣に座った。カナディの眠たそうな目はあのころから変わらない。
「とりあえずドリバとポテトだろ……あとはシロップいっぱいパンケーキ……」
先日もファミレスに来たからメニューなんて変化がないのに、カナディはメニュー表をぺらぺら捲っている。右手はシートに突いている状態で、私が左手を伸ばせばすぐに触れる距離だ。
さっきプリプリマンと話して昔のことを思い出したから、ちょっとした悪戯心が芽生えて左手でカナディの右手を握ってみた。振り払われるかなと思っていたけれど、カナディはぴくりと右肩を小さく動かしただけで、そのまま私の手を握り返してくる。自分からしたことだけどなんだか恥ずかしい。向かいに座るプリプリマンとスペシャルマンを見ることが出来ずにテーブルの木目をじっと見つめた。
プリプリマンが窓際に置かれたベルのボタンを押す。平日真夜中のファミレスはお客さんが少なく、すぐにやってきた店員さんに注文している間も手は繋ぎっぱなしだった。
「カナディ、ドリバ行かないの?」
「あー……ちょっと取り込み中だから適当に取ってきてくんね?」
「うん、わかった」
スペシャルマン、ごめんね。ドリバに行くと思って手を離そうと緩めたらカナディがぎゅっと強く握ってきたから、私から離すのは難しいかもしれない。
向かいのプリプリマンはドリバに行かないカナディを怪しんでテーブルの下を覗き込もうと体を横に倒す。それに合わせてカナディと私はテーブルの下で繋いだままの手をサッと上げる。プリプリマンが体を起こせばテーブルの下に戻し、また体を寝かせればテーブルの上へ——そんなことを何度か繰り返しているとスペシャルマンが戻ってきたからさすがに手を離した。
「はい、カナディ……プリプリマンはなにしてるの?」
「いやこいつらが怪しいことしてて……」
「え~? ふつうじゃない?」
スペシャルマンの鈍感というか、人をあまり疑わない性格に救われる。スペシャルマンにならって私もうんうんと頷き、話を切り上げるために運ばれてきたフライドポテトに手を伸ばす。隣のカナディはというと真剣な面持ちでパンケーキにバターを塗っている。そういえば、カナディが私を助けてくれていた時(といってもすぐ相手が逃げるから短い時間だけど)こんな真剣な顔をしていたっけ。
パンケーキと同じくらい私のことを大切に思ってくれているのかな。
ファミレスを出てスペシャルマンとプリプリマンと別れたあと、またカナディと手を繋いで帰りたいなぁなんて思いながら、とろりとパンケーキに垂らされる琥珀色のメイプルシロップを見つめた。