ベンキマン 彼らは幸せに暮らし、ヤマウズラを食べた
ヒガンテマンをベンキマンが倒し、第二十一回超人オリンピックのペルー代表が決まった。
「ベンキマン、ありがとう!」
「マルコ、礼を言うのは私の方だ。君のおかげで勝利を掴めたよ。ありがとう」
「おいら、何もしてないよ!」
ベンキマンに頭を下げられ、おいらはブンブンと頭を振る。会場はベンキマンを呼ぶ声と飛び交うウンコで盛り上がり、なんだか自分のことのように誇らしい。
そうだ! 姉さんに会わなくちゃ!
「ベンキマン、おいらこれから姉さんに会いに行くから表彰式は見られないけど……優勝おめでとう」
「ありがとう。お姉さんがいたのかい」
「うん、ヒガンテマンに気に入られちゃって、あいつの屋敷に閉じ込められて……」
いつも笑顔で優しい姉さんを思い出し、ぽろっと涙が零れた。ヒガンテマンに殴られても泣かなかったのに。
「マルコ、もしかして君がセコンドをしていたのも……」
「……ある日、姉さんがいなくなって、探していたらヒガンテマンに声をかけられたんだ。姉さんとは恋人同士で一緒に暮らしていて、セコンドについたら会わせてやるって……。でも、嘘だったよ。一度も会えなかった。本当は、言うことを聞かない姉さんを従わせるためにおいらをセコンドにしたんだ」
「正真正銘最低のウンチ野郎だ」
「うん、そのことを知ったのは今朝さ! おいらずっとずっと知らなくてセコンドをしてたんだ……」
姉さんにとっておいらは人質だった。おいらがセコンドをしていた今日まで、姉さんがどんなに酷い仕打ちを受けていたかと思うと涙が止まらない。
「私も行こう」
「えっ、でもこれから表彰式が始まっちゃうよ!」
「チャンピオンだから多少の融通は利くさ。それに、お姉さんが鍵のかかった部屋に監禁されていたら……鍵の持ち主であるヒガンテマンは――」
「あ、あぁ~~~~!! どこかに消えてしまった!」
「そうだ。だが鍵がなくても超人の力なら扉を開けるなんて容易いはずだ」
「ありがとう! ベンキマン!!」
おいらとベンキマンは超人オリンピック委員会に表彰式を待つように頼み、ヒガンテマンの屋敷へ向かった。
屋敷は巨大なヒガンテマンに合わせて天井が高く、一つ一つの部屋が広い。どこに姉さんがいるかわからないから見落とさないようにベンキマンと注意深く探した。
「どこにも姉さんがいないよ~ッ」
「落ち着くんだ! この最後の部屋にいると信じよう」
ひときわ大きな部屋の扉は、細かい草花のレリーフに丁寧な彩色が施されていて、見るからに特別な部屋だとわかる。厚さも他の部屋の扉と比べて2~3倍はありそうだ。でもベンキマンは苦戦することなく扉を蹴破った。
「姉さんはどこに……あっ、姉さん!」
ヒガンテマンの私室だと思われる部屋の隅。ベッドの影に隠れて震えている姉さんがいた。
「マルコ……? マルコなの!?」
「うわぁぁぁぁん!!」
久しぶりに会えた姉さんに抱きついてわんわんと泣く。姉さんもぐずぐずと鼻を鳴らしてぎゅっと抱きしめてくれた。
「泥棒が来たかと思ってここに隠れていたの。ヒガンテマンは……?」
「ヒガンテマンは、ベンキマンが倒したんだ!」
そう言いながら涙を拭って振り返ると、おいら達を見守っていたベンキマンがリング上のように片膝をついて姉さんに挨拶をした。
「ベンキマン様……」
「様付けなど……ベンキマンと呼んでくれ」
おいらを挟んで見つめ合う二人は、ほっぺたを真っ赤にしている。ははぁん、ピンと来たぞ。姉さんもベンキマンと一目でお互いを好きになっちゃったんだ!
おいらの推測は当たっていた。表彰式を終え、日本に行くまでの間に姉さんとベンキマンは恋人同士になったんだ。大好きな姉さんと強くて優しいベンキマンが幸せそうで、おいらもなんだか嬉しくなった。
「マルコ、私ね、ベンキマンについていこうと思うの」
「姉さんも日本に行くの?」
「日本も……その先もずっと、ずーっとよ」
「おいらも二人と一緒にいたい! 置いていかないで!」
「えぇ、もちろんマルコも一緒よ」
そうしておいら達三人は第二十一回超人オリンピック ザ・ビッグファイト出場のために日本へ発った。
ベンキマンはキン肉マン相手に善戦したけれど、残念ながら敗退してしまった。
「すまない……これで敗退だ」
「なぜ謝るの? とても素晴らしい戦いだったわ」
「ありがとう、私の愛する人ミ・アモール」
まぁ、今回のオリンピックで初めてベンキマンの雄姿を見た姉さんの愛は、更に燃え上がったみたいでよかった。
オリンピック後は、正義超人として子ども達とふれあったり、催されるフェスティバルに参加したりと忙しく、また日本は住みやすいからと長く滞在することとなった。本来なら色々と複雑な手続きが必要みたいだけど、姉さん曰くベンキマンが代わりにお偉いさんと話して免除されたんだって。
新天地で三人で暮らす日々。ついに姉さんとベンキマンは結婚したんだ! おいら、嬉しくて嬉しくて……式は挙げずに三人で借りているアパートのリビングでお祝いした。
姉さんの右手の薬指にはベンキマンから贈られたコプロライトの指輪がはめられている。もちろん、それはベンキマンも同じだ。コプロライトを指輪にするなんて、二人にピッタリだと思ったよ。にこにこ幸せそうな二人の姿をベンキマンのお爺さんに見せたかったな……。
幸せなことは続き、二人が結婚してからひと月後に姉さんの妊娠が発覚した。
『私は天涯孤独になってしまった……』
お爺さんが亡くなり、涙を浮かべて呟いていたベンキマンを思い出す。
もう、ベンキマンは一人じゃない。これから生まれてくる子どもが……ううん、その前からおいらと姉さんがいたんだから。
それから十ヶ月後、病院で姉さんは無事に元気な男の子を出産した。疲れた顔で赤ちゃんを抱いている姉さんを見た時、おいらもベンキマンも感動で涙が止まらなかったよ!
姉さんも生まれたばかりの息子を見て笑顔を浮かべたけど、みるみるうちに表情を曇らせて涙を零した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣きながら謝る姉さんにおいらもベンキマンもギョッとして涙が引っ込む。
「どうしたの? 姉さん!」
「君が謝ることなど何一つないだろう? 痛い思いをしてぼろぼろになりながらも息子を生んでくれたんだ!」
ベンキマンの言葉においらもウンウンと頷く。だけど姉さんは頭を左右に振った。
「この子の頭……一本糞だもの。偉大なるベンキーヤ一族に人間である私の血が混ざったから……」
そういうと姉さんは肩を震わせて嗚咽を漏らし、本格的に泣き出してしまった。
確かに赤ちゃんの頭の上のオブジェはベンキマンのとぐろとは違う一本糞だ。でもお爺さんは蛇口だったし、おいらは気にしなくても大丈夫だと思うんだけど、母親になった姉さんは息子の体が気になるんだろう。
ベンキマンは悲しみ嘆く姉さんの隣に座り、優しくその体を抱き寄せた。
「ベンキーヤ一族の頭のオブジェには色々な形がある。私の祖父は蛇口で、父はトイレットペーパー、母は私と同じとぐろだった。もしかしたら先祖に一本糞がいたかもしれない」
「そう、だったの……私、ベンキーヤ一族のことを何も知らなかったわ……」
「私の愛する人ミ・アモールよ、そんなに気を病まなくて大丈夫だ。これからも不安なことがあったら私やマルコに話してごらん」
ベンキマンは姉さんの涙を拭い、その腕の中で眠る息子を見つめた。
「この子のオブジェは体に見合わぬほどに太くて長い。きっと、この私をも超える立派な男になるはずだ」
ベンキマンの横顔は凛々しく、そしてパチャママのように慈愛に満ちていた。こんな超人がおいらの義兄だなんて、そこらじゅうの人に自慢してまわりたいよ。
甥っ子の名前は“ワシキ”に決まった。そう、日本の “和式便器”に因んでいる。もともとおいら達は日本に親しみを持っていたからね。
しゃがんで用を足すトイレは世界中にある。でも、日本で言うところの“金隠し”はついていないんだ。
『その国を知るにはまずはトイレから』という格言(※ありません)に従って日本の公衆トイレを見に行った時、おいら達は初めて目にした和式便器に大きな衝撃を受ける。特にベンキマンは自分の体と瓜二つの便器に動揺を隠せなかった。
「マ、マルコ……君は知っているか!? インカ帝国をつくったのは日本人だという話をッ!!」
「聞いたことはあるよ! 他にもチチカカ湖は日本で“お父さん”と“お母さん”の意味である“チチハハ”と呼ばれていたんじゃないかってことも……でも、それらは迷信だよね?!」
「わ、わからない……。私の体とこの和式便器はあまりにも似すぎている。日本人がインカ帝国をつくったのか、かつてインカ帝国の水洗トイレには金隠しがついたものがあったが、現代では日本にのみ残っているのかもしれない……」
ベンキマンは右手で自分の体の金隠しを、左手で公衆トイレの金隠しを撫でて感慨に耽っていた。その日、おいら達はペルーと日本の深い繋がりを和式便器に感じたんだ。
そんな日本で授かり、日本で生まれた子どもに日本へのリスペクトを込めて“ワシキ”と名付けたのさ。
「あなた、ワシキが寝返りを打って……あぁ、水が零れちゃった」
「水量をコントロール出来るようになるまでは掃除と洗濯が大変だ」
「掃除はおいらがやるよ!」
「まぁ、ありがとう。マルコ」
一年近く日本で暮らしているけど、まだ知らないことがたくさんあって大変なことが多い。
でも優しい姉さんと義兄さん、そして歳の離れた弟のような可愛い甥っ子がいるから、おいらはへっちゃらだ!
ベッドでバブバブと声を上げているワシキを覗き込む。
「いつかペルーに帰ったら、おいらがいっぱいいっぱい楽しいこと教えてあげる!」
そして、ベンキマンがおいらを助けてくれたように、ワシキも困っている人を助ける優しくて勇敢な超人になってね。