平九郎 有卦に入る
ぐっしょりと汗をかいて目が覚める。緑の靄の中、平九郎が三本の矢を受けて死ぬ夢。あれは――
呼吸を整えて、隣で寝息を立てている平九郎へ目を向ける。少しはだけた浴衣から覗く胸には、三つの矢傷があった。さっき見た夢は、途中までは事実だった。あの日、緑の靄の中で確かに平九郎は矢を受けたのだ。
幸い一命を取り留めて(私が死ぬ気で平九郎を馬車から守り、支えて脱出した)、今は一つ屋根の下でともに暮らしている。
手を伸ばして指先で平九郎の傷をなぞる。完治しているが痕となって残ったそれは、唇みたいにつるつるとしていた。
「なにしてんだ……」
私がずっと触っていたせいか、平九郎が目を覚ましたみたい。かすれた眠そうな声が可愛くて胸がきゅぅっとなる。
私は布団の中をずりずり移動して平九郎に近づき、胸板に額を擦りつけた。
「平九郎が矢で死ぬ夢を見た」
ぽつり、そう呟くと平九郎は戸惑いがちに私の頭をそっと撫でる。
「生きてるだろ」
「でも、死んでも構わないって思ってたでしょ」
「何度謝ればいいんだ」
辟易とした声から彼の困り顔を想像して、くすくすと笑い声を漏らしてしまう。
平九郎は笑う私の背中に腕を回し、珍しいことに力を込めて抱き返してくる。
「そうやってずっと笑っててくれよ。一人の体じゃねぇんだから……」
「平九郎こそ、二度と死のうなんて考えないでね」
「お前と胎の子のためなら死ねる」
「私とこの子のためにも必ず生きないとだめ」
「……敵わねぇなぁ」
「うん、強くなったでしょう」
昔は負けてばかりだったけど、今の私の勝率は八割ほどだ。もっともそれは、平九郎が折れてくれるからなんだけど。
平九郎の背中に腕を回して抱き返す。あとふた月ほどで、三人での新しい生活が始まるだろう。早く三人で暮らしたい。でも、まだ平九郎を独り占めしたい。
再び寝入った平九郎につられ、私も重たくなってきた瞼を下ろす。
次の夢で、あなたの笑顔に逢えますように――